「お伊勢さん」と親しみを込めてよばれる伊勢神宮の正式名称は「神宮」。お守りを見ても「神宮」の2文字のみ。日本各地の氏神を代表する総氏神ならではの名称だ。

 もともと皇室の先祖をまつり、国の政を祈念する聖所であり、皇位継承やご成婚などの折りには、必ず皇族方の参拝が行われる。毎年正月には、政府首脳が初詣に訪れるのも恒例。海外からVIPが訪れることも珍しくない。

お伊勢さんは125社

 地元の伊勢では、初詣など改まった時には、内宮(ないくう) 「皇大神宮(こうたいじんぐう)」と外宮(げくう)「豊受大神宮(とようけだいじんぐう)」の両方を参拝する「両宮参り」を行う。内宮と外宮は6キロも離れているが、それでも両方をお参りする。

 内宮は太陽神でもある天照大御神(あまてらすおおみかみ)を、外宮の方は食物や産業の守護神、豊受大御神(とようけのおおみかみ)をまつるお宮である。

 しかし、伊勢神宮は両宮だけではない。

 この2宮のもとに、別宮(べつぐう)14社、摂社(せっしゃ)43社、末社(まっしゃ)24社、所管社42社があって、合計すると125社。この全てを合わせたのが伊勢神宮である。全国には由緒ある神社が数々あるが、これほどの「大家族」は他に類をみない。

お伊勢さんの祭

 新年の歳旦祭から大晦日の大祓(おおはらい)まで、伊勢神宮では1年間に数多くの祭が行われる。神への感謝、国家の繁栄、国民の幸福を祈る祭であり、古式どおりに厳粛に行われる。

 最も重要な祭は、三節祭で<神嘗祭(かんなめさい)、及び6月・12月の月次祭(つきなみさい)>だ。中でも、10月の神嘗祭は、その年の新穀を大神にささげて感謝する最も意義深い祭である。

 稲作に関する祭も多い。神田下種祭でモミをまき、御田植初式で苗を植え、風日祈宮(かざひのみのみや)で天気を祈り、秋には抜穂祭(ぬいぼさい)で熟れた穂を収穫する。稲作文化の日本ならではの祭である。

 毎日行われる祭もある。日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)といい、雨の日にも風の日にも朝夕の2度、天照大御神をはじめとする神々に食事を供える祭である。

神に使える人々

「神、おわしますがごとく」・・・伊勢神宮の神職たちの奉仕する様子は、この言葉が最もよく表している。まるで神さまがすぐそこにいらっしゃるように、心をこめて丁重に・・・。神さまの衣・食・住をととのえる人々も同じ心でお仕えしている。

 大神の衣を織る

 春と秋、衣更えの季節がくると、伊勢の神さまも毎年衣裳を新調される。

 5月14日と10月14日の神御衣祭(かんみそさい)にそなえて、トントンカラリと機を織る人がいる。

 絹布を織るのは神服織機殿(かんはとりはたどの)神社(下機殿)、麻布を織るのは神麻続機殿(かんおみはたどの)神社(上機殿)に奉仕する人々である。

絹の方に奉仕するのは、松阪市東黒部の婦人たち。絹糸は古くから愛知県三河地方で紡がれた「赤引きの糸」。「少しでも指先が荒れていると美しい布が織れません」という。

 麻を織るのは、松阪市井口中町の人々で男子が順番に4名ずつ織子となる。麻糸は奈良県月ヶ瀬村のもの。「天候で麻の出来の悪い年や乾燥した日は、糸が何度も切れて苦労します」と語る。

 自給自足で米・塩・野菜・・・

 神さまは1日2食、古代の人々の習慣を今もつづけておられる。

 祭の時には、特別のご馳走を召し上がる。のしあわび、干鯛、水鳥の肉・・・と選りすぐりの美味が卓上にのぼる。

 米は、五十鈴川のほとり伊勢市楠部(くすべ)町にある神宮神田で清浄に栽培される。

 御塩(みしお)は、五十鈴川が伊勢湾にそそぐところ、二見浦の河口にある御塩浜でつくられる。夏の炎天下に濃い塩水をつくる入浜式である。塩水を煮つめて荒塩にするまでには伊勢市一色(いっしき)町の人々で、堅塩に焼き固められるのは、二見町荘の吉居清雄さんが奉仕する。

 果物や野菜をつくる神宮御園(みその)も二見町にある。ここで働く人たちも、毎朝、潔斎で身を清めてから畑仕事にとりかかる。元旦の歳旦祭には水菜、くわい、柑橘類、干し柿、建国記念祭には金柑、人参など祭によって献立が決められている。

 総檜の神殿づくり

 神宮には、宇治工作場と山田工作場があり、大勢の宮大工たちが仕事にはげんでいる。

 神宮の宮々は125社。その社殿、門、垣などすべてを手がけているので、普段も修理点検で忙しいわけだが、遷宮の8年前からは、新社殿の造営という20年に1度の大仕事が始まった。

 木曽の御杣山(みそまやま)で伐り出された檜材がぞくぞくと伊勢へ運び込まれ、一時期、工作場内の貯木池は巨大な丸太で埋めつくされた。

 鎮地祭、立柱(りっちゅう)祭、上棟(じょうとう)祭・・・と数々の祭を経て、経験豊かな棟梁のもとに宮大工たちは腕を競い、全国から萱葺職人も集められ、木の香もかぐわしい唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)は平成5年に完成した。